フロイト『喪とメランコリー』/喪の仕事
大切な人を亡くしたとき、心ではなにがおこるのでしょう?
グリーフ研究の出発点としてあげられることが多いフロイトは、喪失(大切な対象を失うこと)で、心はどう反応するのだろう?と考えました。

喪失は、死別だけではありません。
恋人との別れ、理想を失うこと、地位を奪われることや自尊心を傷つけられるなど、自分にとって大切なものを意図せず奪われるもろもろ全てが喪失です。
同じ喪失でも、あるときは世界が失われたように感じ、あるときは自分自身が価値を失ったように感じる。
ざっくり言えば、
喪の状態は世界が空っぽに、メランコリーの状態では自分が空っぽに感じられる。
フロイトはそんな風に考えました。
喪失がもっともはっきり現れるものに死別があります。
フロイトは、死別の悲嘆を喪の仕事(mourning work)と考えました。

大切な人に向けられていた愛情やエネルギーは、すぐに消えることはありません。
心は、その人との結びつきをひとつずつたどりながら、「その人がもう現実にはいない」ということに向き合っていく。
戻らない現実を受け入れることで、その先に向かえるようになる。
そんなフロイトの考えは「亡くなった人との結びつきは、少しずつ手放していくことが大切」という考え方として広まっていきました。
でも、その後の研究で、亡くなった人との関係を断ち切ることだけが大事なのではない、と考えられるようになっていきます。
それでも、フロイトの考えからわたしたちは学ぶことができます。
悲しみを、失った人との関係に心が触れていく過程として考えたところです。
例えば、
これだけ月日が経ったからもう大丈夫でしょう、なんて言われてしまった。
それなのに、いつまでも悲しい私はだめなのかな。
そんなとき、こんな風に考えることができるきっかけになれるかもしれません、
この気持ちは、会えなくなった人との関係と向き合っていく、グリーフの旅の途中。
だから、なにを言われても、「そうじゃない」って自分に言える、のかもしれません。
ここが役に立つ
悲しさは、大切な人をなくした心の自然な反応です。
悲しみは、会えなくなった人との関係に、心が何度も触れていく過程でもあります。
「もう大丈夫」と言われても、そう思えなくて大丈夫です。
悲しみは、他の誰かの時計で終わらせるものではありません。
